78歳、西証寺(後の久宝寺御坊顕証寺)の建立について

久宝寺の町並み

今回は、久宝寺御坊と呼ばれる顕証寺の前身、西証寺(さいしょうじ)の建立について紹介します。

目次

西証寺の建立

蓮如上人は75歳で本願寺住職をご子息に譲られましたが、その後も大阪に何度も訪れ、布教活動を続けられていました。

そして78歳頃、聖徳太子が開かれたとされる久宝寺跡に「西証寺」を建立されました。

※西証寺の成立時期は複数説がありますが、今回は八尾市ホームページの明応年中(1492~1501年)を参考に蓮如上人晩年説を参考にしました。他にも1470年(文明2年)、1479年(文明11年)とする説があります。

もともとは11男実順が住職となっていましたが、若くして亡くなったため、6男の蓮淳(れんじゅん)が兼任住職となり、後に顕正寺と名称を変えています。

その後、河内国(河州)11郡の各末寺を束ねる巨刹(大きな寺)となっていきました。

久宝寺の町並み

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

目次