令和5年11月9日 新谷先生の勉強会について紹介

令和5年11月9日に大阪会館で新谷先生の仏教勉強会がひらかれました。

今回は勉強会で教えていただいた内容について紹介いたします。

目次

往生一定の意味

蓮如上人は、往生一定と教えられています。

往生一定とはどのような意味でしょうか。

執筆者メモ:蓮如上人は、たとえば以下のお言葉で往生一定と教えられています。
・たのむ一念のとき往生一定御たすけ治定とぞんじ(引用:『領解文』)
・今度の往生は一定なり(引用:『御文章』1条目10通)
・今度の往生極楽を一定して(引用:『御文章』4条目13通)

阿弥陀仏の本願には、どのようなことが誓われているかというと、このように教えられます。

「無明業障の病を完治させる南無阿弥陀仏を与えて、一念で絶対の幸福にし、必ず無量光明土へ往生させる」

この阿弥陀仏の本願の解説によると、往生一定は、どのお言葉のことでしょうか。

一念で絶対の幸福になることでしょうか、無量光明土へ往生することでしょうか。

みなさん、考えてみましょう。

往生

まず往生一定の「往生」の意味はどのような意味でしょうか。

親鸞聖人が教えられる「往生」には、2つの意味があります。

往生の2つの意味
①番:生かされて往く…現在のこと・絶対の幸福
②番:往って生まれる…死後のこと・極楽浄土、無量光明土

往生一定の「往生」は、①番と②番のどちらの意味でしょうか。

往生一定の「一定」の意味

往生一定の「一定」は、定まることです。ハッキリすることです。

一定ではないことを、不定といいます。定まらない、ハッキリしないという意味です。

では、何がハッキリするのかというと、「往生」がハッキリします。

往生一定の「往生」の意味

すると、この往生一定の「往生」の意味は、なんでしょうか。

往生一定の「往生」の意味は、②番の意味で、死んで極楽浄土に往くことです。

つまり、往生一定とは、いつ死んでも極楽往生間違いない身になったことをいうのです。

①番と②番の関係

①番の往生ができている人が、②の往生ができると教えられています。

つまり現在、絶対の幸福になった人だけが、死後、極楽浄土に往けるのです。

蓮如上人は、次のように教えられています。

他力の信心ということを詳しく知らずは、今度の一大事の往生極楽は、真に以てかなうべからずと、経・釈ともに明らかに見えたり

引用:『ご文章』(二帖)

意訳:今生で弥陀に救われねば、来世に弥陀の浄土へ生まれるという一大事は成就できないが、平生、弥陀に救われれば、必ず、後生は極楽浄土に往生できると、どの経典や経釈にも明らかに説かれている。

往生一定の身になるまで、真剣に親鸞聖人の教えを聞かせていただきましょう。

編集後記

往生一定の意味について、新谷先生より詳しく教えていただきました。

いつもと違う角度で質問をされると、答えに迷ったり、答えに自信がなくなったりして、自分の理解が浅かったことが知らされます。

これからも浄土真宗親鸞会大阪会館で、親鸞聖人の言葉の意味を正確に学んでいきましょう。

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